4代目住職、尼僧です!

33歳で3児の母、ゆるりゆるりと住職やってます

もしかして名物になるかも!?坐像六地蔵建立中!!

お寺の裏の墓地に六地蔵を建てています。

当初は立っているお姿で設計してもらったのですが、「座っていたほうがこじんまりと可愛いんじゃないか」そんな理由で坐像の六地蔵を建立することになりました。

こうして作ってもらった設計書がこちら。
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現在、工事を進めてもらっているところです。

 

石材屋さんから「座っている六地蔵は珍しいですよ。僕は見たことがありません。」と言われていたのですが、「へぇ~そうなんですか~」とそんなに深く考えてはいませんでした。北海道の一部地域であるこのあたりでは見ないということだと思っていました。が、ある日、六地蔵の画像が欲しいなと思って検索をしてみたところ、確かに坐像はあまり出てこない。ほとんどが立っているものでした。

 

そして、坐像六地蔵が珍しいと記されているブログに遭遇。

blog.goo.ne.jp

多聞寺境内には、六地蔵坐像が安置されています。立像と違って「坐像」は都内でも四例に 過ぎない貴重なものといわれます。

 

東京都内でたった4例!!??

 

 

 もうひとつブログを発見。

blog.goo.ne.jp

「多聞寺(墨田区墨田)では、墓地内に南面して丸彫り、座姿の六態地蔵を安置する。けだし、座姿六体が揃っての石彫地蔵の例は希少である。石彫りの地蔵は数において立姿がその大半を占め、ついで座姿のものは大概独尊であるが、都内での座姿六地蔵は当寺の他に、練馬区三宝寺、千代田区の心法寺、荒川区の南泉寺など数か寺にある。このほか埼玉県児玉郡に4か寺、北葛飾郡松伏に一組ある」。

要するに、座像六観音は極めて珍しいというのです。

1975年の時点で東京都内には4か寺ほど、埼玉県に5か寺ほどの珍しいものだと、地蔵尊の調査に没頭すること40年、3800基余りのお地蔵さんを調べつくした故三吉朋十さんはその著書『武蔵野の地蔵尊』の中で書かれていたそうです。 

そして、こちらのブログでは東京都以外の地域(群馬県、長野県、富山県)で見つけた坐像六地蔵の写真も掲載されていました。

 

おおおおお・・・
本当に珍しいのかもしれない・・・

 

ドキドキワクワクしながらさらに調べてみたところ、あと4か寺で坐像六地蔵を見つけました。

善光寺(長野県)

・恐山(青森県

常楽寺(長野県上田市

・茶湯寺(神奈川県伊勢原市

 

あと、こちらは情報をいただいたもの。

・御誕生寺(福井県越前市
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これも六地蔵の坐像に違いない…かわいい…

 

というわけで、今のところ見つけられたのが全国で16か所です。確かに坐像の六地蔵は珍しいものでした。今ある情報は関東近郊がほとんどなので、探せばきっとまだあるはずです。今度大きな図書館に行って文献等を調べてこようと思います♪

なにかわかったらまたブログ書きます(^^)/

 

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がんばれ麻央ちゃん

小林麻央さんのブログをほぼ毎日見ています。

彼女は私と同じ歳で、第一子に女の子、第二子に男の子を、私とほとんど変わらない時期に出産しています。そんな彼女が乳がんを患ったというニュースは私にとってショックなニュースでした。妊娠中や出産後には私のもとにも何度か乳がん検診のお知らせは来ていましたが、妊娠中であることや授乳中であることを伝えると「では次の機会に受けてください」と一度も検診を受けず今まできました。だから、乳児の子育て中の私たちには関係ない話だと思っていました。

 

だけど、、、なるんだ。。。私の歳でも。。。子育て中でも。。。

 

ブログを見ていると、うちの子たちと変わらない、小さくて可愛い子供たちがたびたび登場します。入院中など子供達と一緒にいられない寂しさ、体調の悪いときなど子供達の前で100%の笑顔のお母さんでいられない悔しさ、いろんな人に対する申し訳なさ…。病気の辛さ以外にも辛いことがたくさんあるだろうなと想像したりします。

 

それでも、毎日明るいブログを更新してくれています。彼女の強さには感心します。

健康なことはありがたいこと。

忘れちゃいけないなと思います。

 

ameblo.jp

おからだたいせつに

たいへんご無沙汰をしています。

寺報を作り終えたらブログを更新しよう…と思いつつ、当初は18日に入稿したいと思っていた寺報もまだ出来上がっていません。子供が3人になると2人のときとはやはり違って子供のお世話の時間が増えました。「今日はお参りがないから今日こそ寺報を!」と意気込んで上二人を保育園に送り出しても、赤子の世話をしながら洗濯をしたり部屋を片付けていたら、あっという間にお迎えの時間。上二人が帰ってきたらそこからは嵐のごとく、ご飯を食べさせお風呂に入れて就寝準備をして寝かしつけたらあら不思議。もう次の日の朝です。

そんなこんなで毎日過ごしています。

 

さて、ある檀家さんのお話。その方は70歳くらいの女性で、今年のお盆にお参りしたとき「夏バテして、今年の夏はとにかくしんどくて。」とお話しされていました。その後、相次ぐ不調に「これはおかしい」と思って病院に行ったそうなのですが、心臓に病気が見つかり、血液の流れも滞っていて、「あと10日も放っておいたら、血管が切れていたよ」とお医者さまに言われたそうです。

今は投薬で体の調子も少し良くなりましたが、これから心臓の手術を控えているそうです。

「今年のお盆はご先祖のお参りにも行けず、バチが当たったんだわ」とお話しされていましたが、ここで心臓の病気が見つかり治療をすることができたのは、バチなんかじゃなくてご先祖に守られていたんだろうなぁと感じました。急に倒れてそのまま戻ってこれなくなる人も少なくないですから。

お寺のお手伝いも積極的に参加してくれたり、お寺の旅行にも一緒に行ったり、とても気さくで大好きな方なので、お体を大事にして早く元通り元気になってほしいものです。

 

みなさまも、おからだたいせつに。

 今日も真狩村羊蹄山にすっぽりと包まれ、雄大な自然の力に守られているようです。

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さて、寺報がんばるぞ。

納骨堂のお供え物がなくなる

少し悲しいなあと思っていることがあります。
お寺の納骨堂にお供えされているお菓子や果物がたまになくなるんです。今朝もまた、お彼岸のお供え物を下げに来た檀家さんが「お供えしていたお菓子がなくなっていたよ、誰かが持っていっちゃったのかな。ハハ。」と言って帰っていかれました。

お供え物は基本的にそれぞれお持ち帰りいただくことになっているので、お盆やお彼岸などお参りに来た方がお供えしていったものはそのお宅の方が下げていきます。お参りしてそのまま下げていく方もいれば、近くの方などは数日後にもう一度来て片づけていってくれます。*1 今朝のように、お供え物を下げに来た檀家さんから、お供えしていたものが無くなっていた話をたまに聞きます。

「お参りに来た子供が美味しそうなお菓子を見つけて思わず持って帰っちゃったのかな??」

そう思っていましたが、なくなったと聞いたものが【プレミアムモルツ500mL缶】というときがありました。これは大人の仕業ですよね…?

スーパーで売られている果物の盛り合わせだとなくならないのにメロンや梨だとなくなる。かりんとうだとなくならないのにパイの実だとなくなる。ワンカップのお酒だとなくならないのにプレミアムモルツだとなくなる。同じものでも「寺族」のところだとなくならないのに「〇〇家」のところだとなくなる。

 

どうやら誰かが好きなものを選んで持って帰っているようなのです。

 

そこで、去年のお盆からこのような納骨堂内にこのような掲示をしました。

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納骨堂のお供え物は

みなさんがそれぞれ

大切な人のことを想って

お供えされたものです

 

「美味しそうなお菓子があった、ラッキー♪ 」ではなくて、お供えした人の気持ちを踏みにじる行為だと思うのです。お供えした人の気持ちを考えてみて欲しいのです。

 

・・・・・・・・・

 

お盆やお彼岸のたびにいくつかのお供え物がどこかの誰かによって持って帰られてしまうので、今回のお彼岸もまた、お供えしたお宅の気持ちを考えて悲しいような悔しいような気持ちになっていました。

ですが、このような愚痴をこぼしていたら、こんなお話が聞けました。

 

【昔のお墓のお供え物は歩いて暮らす人たちが持って行く為に放置してあったらしい】

 

【人や動物に“お布施”した方が回り回って供養になる】

 

布施とは仏教のたいせつな修行のひとつで、自分の持っているものを他の人に施すこと。ただしそのときに「〇〇してやった」という気持ちがあってはならず、「喜捨(きしゃ:見返りを求めず、喜んで差し出すこと)」でなければならない。

 

( ゚д゚)ハッ!

 

お供え物は「自分のもの」では無いのかもしれない。

お供え物を布施と考えたら、欲張ったりこだわったりしてはいけないのかもしれない。

 

初めてこのような考えが浮かびました。

今度、お供え物がなくなってしまったという檀家さんがいれば、「どこかの誰かに施すことができた、これも立派な布施ですね」とお声掛けしようと思います。

 

といえども…

食べることに困っている方がやむを得ず持っていっているのなら仕方ないですが、うちの納骨堂でのケースは好きなものだけを持っていっているように見受けられるので、どなたか知りませんがよそのお宅のお供え物を勝手に持って帰ることはやめてもらいたいものです。みんな、気持ちのこもったお供え物なんですから。

 

 

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*1:遠方の方などは「次に来るのはしばらく後だから、お寺さん、あとで下げて食べてくれるかい?」と置いていかれる方もいるので、お供えされてからしばらく経ったものはお寺で片づけたりすることもあります。

おてらおやつクラブ~お寺からおやつのおすそわけ~

うちのお寺はこんな活動に参加しています。

www.oteranomirai.or.jp

「おてらおやつクラブ」は、お寺にお供えされるさまざまな「おそなえもの」を、仏さまからの「おさがり」として頂戴し、全国のひとり親家庭を支援する団体との協力の下、経済的に困難な状況にあるご家庭へ「おすそわけ」する活動です。

(おてらおやつクラブより)

 

うちのお寺でもお寺にお菓子をお供えいただいたり、法事などのお下がりなどでお菓子をいただくことがあります。「お子さんにあげてください」と言われることも多いのでそれらのお菓子は家族でいただくこともありますが、家族では食べきれないこともあります。お寺のお手伝いをしてもらったりと檀家さんが集まる機会があればお茶菓子にしたり、農家さんからお野菜をいただくことがあればお礼にお渡ししたりしていますが、タイミングが合わず賞味期限が切れてしまうことがあります。*1

きっと、うちの他にもそんなお寺が多くあったのでしょう。そのお菓子を食べてくれる子供がいる家庭に届けよう!という活動が数年前から始まりました。うちとしては賞味期限切れになって無駄にしてしまうお菓子を減らせるのでありがたい。そしてそれで喜んでくれる人がいる。まさに一石二鳥。

 

おやつを送っている支援先の団体からいただくお礼のメールでは、おやつを届けた家族からの声も届けてくれます。

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今、私も3人の子育てをしているので、子育てをしながら働くってものすごく大変なことだと身をもって感じています。私は夫や母に子育てや家事を負担してもらいながらなんとか仕事をしていますが、それを一人でこなせと言われたら「いや、無理」の一言です。子供は保育園に預けていても熱を出して帰ってくることがよくあります。そうしたら仕事を早退して子供を迎えに行かなきゃいけない。病気が治るまでその後数日間は仕事を休まなければならない。そんな状況でも雇ってくれて、しかも子供を養育できるだけの稼ぎを出さなきゃいけない。仕事を見つけるだけでも途方に暮れそうです。しかし、そんな中で必死に生き、子供たちを育てている人がいるんです。

 

顔が見えない支援先家族の姿を想像しながらお菓子を詰めました。

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そうめんは、子供が集まるときに流しそうめんにしてくれたりするそうです。楽しそう。子供たちが喜んでくれるといいな☆

 

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*1:賞味期限が切れたものは当然他の方にあげる訳にもいかず…私がおやつで食べるお菓子は賞味期限切れのものばかりです。なにも問題なく食べられるのに、最近のお菓子は賞味期限が短すぎ!なんとかして!!

お経の読みクセ

基本的には檀家さんのお参りには住職自ら行くのですが、たまに日程が重なってしまったときには他のお寺さんにお願いして代わりに行ってもらうことがあります。前の月に代わりのお寺さんに行ってもらった翌月、私がお参りに行きお経を読んだあと、後ろで一緒にお参りしていた檀家さんが「やっぱり住職のお経が一番落ち着くわ~」と言ってくれました。もちろん同じ宗派のお寺さんで同じ本を見て同じお経を読んでいるのですが、僧侶ひとりひとりに読みクセがあります。良い・悪い、上手い・下手ではなく、それぞれの持ち味です。

私が住職になって7年。上手い・下手ではないと言いましたがおそらく最初は私のへたくそなお経で違和感たっぷりだったと思いますが、いつの間にか私のお経が「落ち着く」と感じるものとなってくれたことがとても嬉しかったです。

 

お経の読みクセを感じた話をもうひとつ。

私が亡き父の跡を継ぎ住職になってすぐの頃のことです。長年総代長を務めてくださっていた檀家さんのお宅をお参りに行っていたとき、後ろで総代長が一緒にお経を読んでくれました。総代長の「南無大師遍照金剛」の声を聞いて驚きました。総代長は何十年もずっと父の「南無大師遍照金剛」を聞き一緒に唱え続けてきたので、父の読みクセがすっかりうつっていて、「お父さんの読み方と同じだ!!!」と懐かしさに心打たれました。私は何年も父と離れて暮らしていて父のお経をしばらく聞いていなかったのですが、父の姿を思い出させるほどの完璧なお経で私は感動したのでした。

 

私もそんな住職に近づいていけているのかな。そうだったら嬉しいな。なんて思った私でした。

 

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私には大好きなおじいちゃんおばあちゃんがたくさんいます!

私が小学生の頃なので、もう25年ほど前の話になります。当時住職だった父の後ろにくっついて、檀家さんのお宅へよくお参りに連れて行ってもらいました。可愛がってくれる檀家のおじいちゃんおばあちゃんはたくさんいましたが、中でもYさんのおばあちゃんが大好きで、Yさんのおうちにはよく行きました。山奥のおうちなので近くの山で採れた山葡萄のジュースをご馳走してくれたり、家の隣の川で一緒に魚釣りをしたり、Yさんのおばあちゃんにはたくさん可愛がってもらった記憶があります。いつもニコニコして穏やかで優しくて、ほんとうに大好きでした。

そんなYさんのおばあちゃんがこのたび亡くなりました。そして私が葬儀の導師を勤めさせていただきました。

お通夜のあとのご法話で、そのような思い出をみなさんの前でお話しさせていただきました。久しぶりに昔のことを思い出し、懐かしさに心が癒えました。そして、あの頃は私が住職になるなんてきっと誰も想像していなかっただろうけど、こうしてお世話になった方の最期を送ることができるのはとてもありがたいことだと感じました。もし別の仕事をしていたら、昔あんなに大好きだったおばあちゃんだけどお葬式にも行かなかったかもしれないので。そしてこれから先もずっと供養を続けていけることも嬉しいことです。

私にはおじいちゃんおばあちゃんがたくさんいるみたいです(^^)

 

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