4代目住職、尼僧です!

33歳で3児の母、ゆるりゆるりと住職やってます

2歳半の女の子の遺影を前に思う、子供が育つって当たり前じゃないってこと

一昨年のことです。今は3歳半になる娘がまだ1歳半だったとき、娘が夏風邪をこじらせて肺炎を起こしてしまい入院することになりました。娘が入院した病院は親の付き添いが必要で、私も一緒に病院に泊まり込んでいました。お参りの予定があったお宅に連絡して、休みにしてもらったり日程を変えてもらったり代役のお寺さんをたてたりと手配をして娘に付き添いました。 檀家さん方は皆さん「たいへんだったね」「お大事にね」「住職も体に気をつけて」などととても温かい声を掛けてくれて、とても助かりました。

その中のある檀家さんに「お子さんの命が一番大事ですから。」と言われ、はっとしました。そのお宅とお約束していた法事は、2歳半で亡くなった娘さんの法事でした。娘さんも最初はただの風邪だったそうですが、容態が急変し、ウイルスが脳に入ったらしくそのまま亡くなってしまったのだそうです。

「保育園に通い始めたばかりの娘に少し無理をさせてしまい、風邪をこじらせてしまって肺炎まで起こさせてしまった」そんな風に少し反省していた私でしたが、まさか命を落とすということまではそのとき考えていませんでした。しかし、もしかしたらその"まさか"もあるんだっていう現実をリアルに感じて、背筋が凍る思いがしました。

 

どこかで誰かが言っていた言葉が今もたまに頭をよぎります。

「親と、生まれたばかりの子供、50年後60年後にこの世からいなくなっている可能性はどちらが高いかって考えたら親のほうだけど、それが5年後だとしたら、子供のほうが命を落としている可能性が高いんだよ。」

日本の医療が進歩して、流産・死産や生まれたばかりの子供が命を落とすことがかなり減ったといっても、それでも病気や事故で命を落とす子供はいます。子供は弱いようで強く、強いようでやっぱり弱いんです。子供が生まれて無事に育つことは当たり前のことじゃないんです。ありがたいことなんです。

先日、そのお宅の娘さんの命日にお参りしてきました。仏壇の前には可愛い可愛い小さな女の子の写真が飾られていて、それを見るたびいつも胸が締め付けられるのですが、今年はその気持ちが特に大きく胸が苦しかったんです。自分の娘と同じくらいの子が、こんなにこんなに可愛い子が…もしかしたら自分の娘が…と思ったら、写真を見ることができなくなりました。気を抜いたら泣いてしまいそうで、目をつぶってお経をあげました。

すべては当たり前じゃないってこと、忘れちゃいけない。たまにこうして思い出させてもらえることが自分にとってありがたいことだなって思います。