癌患者を専門としている在宅緩和ケアのドクターがtwitterでこんなことを言っていました。
90歳以上になり数年かけて弱っていき、認知症すこし手前で死なない限りは「大往生」とは言われない。「いい人生だった」とも言って貰えない。数%もいないだろうが、日本人の過半数がこの数%を狙っている。日本人として生きる限りは最後は「残念」(数%に入れなくて)に終わる事が約束されている。
— 萬田緑平 (@ryokuhei) 2017年5月2日
「生きたい」と言ってるから、頑張りたくないわけでも、死と向かい合いたくないわけでもない。当然「生きたい」のだからその気持ちは支援しよう。しかし、「生きたいのだから『いい人生だった』と人生振り返っちゃダメ」なんてかわいそう。むしろそういう時こそ「今までありがとうね」と話し合いたい。
— 萬田緑平 (@ryokuhei) 2017年5月3日
この言葉がなんだかずっと私の心に刺さっています。
今はみんな長生きだから、80歳を過ぎていても「まだ若いのに残念」って言われる。90歳でも言われる。95歳か100歳過ぎないと「十分長生きした」って言われないんだよ。まだまだ先は長いなあ。
ある老僧がこんなことを呟いていました。
確かに、病床の人が「いい人生だった、ありがとう」なんて言えば、「そんなこと言わないで」「もっと頑張って長生きしてもらわなくちゃ」などと言われてしまう。「まだ早すぎる」「もっと長生きしなきゃ」「まだまだ」「もっともっと」……
もちろんその気持ちもよくわかります。
でも一体それは何歳まで??
別れを迎えたくないのは、100歳でも120歳でも同じでは???
できればもっと一緒にいたかった。その気持ちは伝えつつも、「いい人生だったね。ありがとう。」と、旅立つ人も残る人もお互いに言えたらいいなと思う。
別れは避けては通れないもの。
長くても短くても一生。いい人生に長さは関係ない。
一生懸命に生き抜いた人生をちゃんと肯定してあげて、感謝は言葉にして伝えてあげてほしいと思います。
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